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表書院の欄間

野﨑邸表書院の欄間です。

表書院の上の間と下の間にかかっている欄間は波のようにうねって見えるシンプルでいて瀟洒なデザインとなっています。

野﨑家が塩で財を成したことから、塩→海水→海という連想により波をかたどったものだと思われる人もいます。

はたしてそうなのでしょうか。

野﨑家に残る文書史料を通して設計者の意図を紹介します。

 

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乱間之雛形 趣向御好 速水宗筧筆 絵図 望月玉川筆 蘭間之図
乱間之雛形 趣向御好 速水宗筧筆 絵図 望月玉川筆 蘭間之図

 

封書には欄間の雛型として、速水宗筧の考えによって望月玉川が描いた欄間の図であるということが示されています。

 

望月玉川(もちづき・ぎょくせん、寛政6年~嘉永5年、1794-1852)

京都生まれ京都住まい。望月派絵師。岸駒や呉春に学ぶ。

 

速水宗筧(はやみ・そうけん、文化10年~明治9年、1813-1876)

宗筧は茶道速水流3代目宗匠です。池田家の茶道指南を務め、野﨑武左衛門も師事しています。

 

余談ですが玉川が描いた初代宗匠の宗達肖像画もあります。宗筧が賛を寄せています。柔らかな線とそこにいそうな居住まいが軽妙で四条派み。

望月玉川筆、速水宗筧賛「速水宗達肖像画」 綿蕞兆礼 昂重低軽 磨之琢之 維瓊維瑩 風雷鼓動 剛中咸亨 徴之不朽 永世有声
望月玉川筆、速水宗筧賛「速水宗達肖像画」 綿蕞兆礼 昂重低軽 磨之琢之 維瓊維瑩 風雷鼓動 剛中咸亨 徴之不朽 永世有声

  初代宗匠を描いてもらう絵師として選んでいることから、玉川への信頼の厚さが窺えるというものです。

 

さて本題です。

書状の中身を見ましょう。

一応読み下しておきます。

 

上段朱書部分 右丘かたち所惣金砂粉又は五六分盛る。むしり箔などにていろいろ取りまぜ春草の燃出る体の意を以て置く。うらの方は秋の木葉の落たる体に置くなり。 左右表裏金砂粉置くことは望月玉川に置かせ申す。丘嶽のぬり縁太さ細さも凸凹うねりすべて此図の通り。是はこれ玉川の図する所。趣向は拙者画の筆法失いては面白からずと存ずること。 左の方遠山のかたち同惣金砂粉ばかりにて春の曙雲又霞みかかりたなびく意を以て置く。うらは木葉の散り落つる体の意を以て置く。一間ずつ表裏にて四つあるを四季に分けて箔置もしかるべきやと考えもありけれども余りさわがしきと存ずる故春秋に分かつ。 図中朱書注釈(右から) ロイロ ロイロ 此所すべて大高檀紙張り 此木の厚さ何寸何巾何寸何分すべて蘭間のほとりの柱太さ何寸何分くわしく御書取御申越 吹き抜き 此縁真塗ロイロ ロイロ ロイロ 吹き抜き 左右蘭間入るる所何尺何寸天地左右とも書き取り 此所も大高檀紙張り 此縁真塗ロイロ ロイロ ロイロ 下段墨書 此図篤と御覧の上御考えなされ御治定になり候えば此図一度御帰しなさるべく候。御治定これ無ければ反古たるべし。左右下縁黒塗のこと。寸法くわしくすとも糸筋程のしみつのこと過不及はかられず。是迄拙とりはからいの分は皆木地の縁故、先の寸法とは少々づつ太く致し、入るる時、削り入る故に先しみつなき道理。塗り物は削ることできぬ故、十四日河彦面会、そのこと申し談ずれば必ずこれ無き様にすると申したること故、塗縁の図を出す。 木地なれば嶋桐黒柿の内、黒柿にて真黒にて甚だむつかしく嶋と申す方の柿なり。しみつなへ出来ずば黒塗りしかるべし。 此節甚だ多用御尋状差し出し申さず用事ばかり申し上げ候。 宗筧
上段朱書部分 右丘かたち所惣金砂粉又は五六分盛る。むしり箔などにていろいろ取りまぜ春草の燃出る体の意を以て置く。うらの方は秋の木葉の落たる体に置くなり。 左右表裏金砂粉置くことは望月玉川に置かせ申す。丘嶽のぬり縁太さ細さも凸凹うねりすべて此図の通り。是はこれ玉川の図する所。趣向は拙者画の筆法失いては面白からずと存ずること。 左の方遠山のかたち同惣金砂粉ばかりにて春の曙雲又霞みかかりたなびく意を以て置く。うらは木葉の散り落つる体の意を以て置く。一間ずつ表裏にて四つあるを四季に分けて箔置もしかるべきやと考えもありけれども余りさわがしきと存ずる故春秋に分かつ。 図中朱書注釈(右から) ロイロ ロイロ 此所すべて大高檀紙張り 此木の厚さ何寸何巾何寸何分すべて蘭間のほとりの柱太さ何寸何分くわしく御書取御申越 吹き抜き 此縁真塗ロイロ ロイロ ロイロ 吹き抜き 左右蘭間入るる所何尺何寸天地左右とも書き取り 此所も大高檀紙張り 此縁真塗ロイロ ロイロ ロイロ 下段墨書 此図篤と御覧の上御考えなされ御治定になり候えば此図一度御帰しなさるべく候。御治定これ無ければ反古たるべし。左右下縁黒塗のこと。寸法くわしくすとも糸筋程のしみつのこと過不及はかられず。是迄拙とりはからいの分は皆木地の縁故、先の寸法とは少々づつ太く致し、入るる時、削り入る故に先しみつなき道理。塗り物は削ることできぬ故、十四日河彦面会、そのこと申し談ずれば必ずこれ無き様にすると申したること故、塗縁の図を出す。 木地なれば嶋桐黒柿の内、黒柿にて真黒にて甚だむつかしく嶋と申す方の柿なり。しみつなへ出来ずば黒塗りしかるべし。 此節甚だ多用御尋状差し出し申さず用事ばかり申し上げ候。 宗筧

 

内容は大きく3つの部分で分かれています。

上段の朱文で意匠、中段は図と注釈、下段で野﨑家の意見を図りつつ詳細について補足しているようです。

意匠は右側を丘の形とし、全面を金砂粉でまぶしつつ、さらにいろいろな箔をとりまぜて春草の萌え出る様子を、裏側は秋に木の葉が落ちているような風に箔を置くものとします。

左側は遠山の形とし、こちらは箔を使わず金砂粉のみで、表側を春の曙雲あるいは霞のたなびく様子を、裏側でやはり木の葉の散り落ちる様子を表現したいといいます。左右表裏で4面あるから四季にすることも考えたけど、それはちょっと画面がうるさいからやめたとのことです。また本図は望月玉川の手によるもので、金砂粉の配置も玉川に任せ、山の稜線や丘陵のラインについて「太さ細さも凸凹うねりすべて此図の通り」とします。「拙者画の筆法失いては面白からずと存ずる」とのことで、玉川の筆の動き、肥痩を再現したいというのですからこだわっています。マジだろうかと思い、何か所か測ってみたら本当に場所によって微妙に太さが違いました。いつも見てても気づきません。

 

図と現在の形を比べると当初のプランが踏襲されたことがわかります。注釈の「ロイロ」というのは黒漆塗です。もう少し詳しく言うならば仕上げの一技法で、油分を含まない漆によって上塗りをして研いで磨いて完成させるものです。油分が含まれないために仕上がりがマットになりますが、そこからの磨きによって光沢を出すもので高級仕様です。もう一つの光沢を出す塗りが「塗立(ぬりたて)」とか「塗りっぱなし」とか言われるもので、最初から油分を含んだ漆で上塗りをしてそのままというものです。普通はこっち。

もう一つ、大高檀紙についてですが厚手で皺がついた白い高級和紙です。和紙って白くないもの多いですよね。備中における檀紙製造にはなかなかの歴史がありまして、まず製紙業自体は延喜式に現れ、つまり平安時代中期には紙の製造を行っています。備中檀紙は室町時代から作られるようになっています。そして江戸時代を通して、備中檀紙は備中国上房郡広瀬村の柳井家に幕府ならびに禁裏の御用紙師として独占的な特権が与えられていたのでした。そして一般の人々からの需要はほとんどありませんでした。そのような超高級紙を指定しているわけです。(参考文献:水野恭一郎「備中檀紙考」、坂元彦太郎 編『瀬戸内海研究』第6号、瀬戸内海総合研究会、1954年)

 

当初はもっと白かったのでしょうか
当初はもっと白かったのでしょうか
ちりめん状のしわがつよい
ちりめん状のしわがつよい

そして下段墨書によると、この図を参考にしてもしこのようにするなら一度返してくれ、決めないなら破棄で、と言います。黒縁に関しては木地のままであれば太めにして入れて、削ればよいものの、黒塗りにするため削ることができないことを気にします。「河彦」なる人物に相談しているようですが塗師のことでしょうか。彼がイケる! って言ったから塗りの縁にする決心のようです。そして木地は「嶋桐」、「黒柿」を候補として出されますが、黒柿については難色を示しています。そもそも「ロイロ」で真っ黒に塗るのにわざわざ木目の美しさを見せる高級な黒柿を使う意味も分かりません。ゆえに「嶋と申す方の柿」なのかもしれませんが、これが何を示すのかよくわかりません。

 

改めてまとめてみますと、大高檀紙で張っていることや遠山と丘の形については計画通りに見えます。ただ金砂粉を蒔き、春の曙雲、霞、草の萌え出るところ、秋の木の葉といった様子については見受けられません。あまり華美に見える装飾を避けたのでしょうか。そして塩に関わりのありそうな海についても言及はなく、遠山と丘の姿を描いていたわけですが、これは太田健一氏が次のような予想を立てています。


表座敷の眺望がはるかに瀬戸内の海を見下ろしており、その実景との対比において、「丘」と「遠山」がふさわしいと発想したのではないかと想えば多少興趣が湧いてくるものがある。

(太田健一「速水宗筧の欄間図」倉敷市史研究会 編『倉敷の歴史』第11号、2001年)

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