出版されました!
10,000円+税で11,000円です。
出版部数僅少!
翻刻付き!
目次
序
野﨑家の歴史
資料解題
一 徳川斉昭・藤田東湖関係史料
(一)徳川斉昭・藤田東湖 尺牘(1~16)
(二)その他(17~19)
二 幕末維新・明治前期書簡類
(一)袋1内史料(1〜46)
(二)袋2内史料(47〜65)
(三)手鑑帖(66〜81)
(四)掛軸(82〜83)
三 遺響画巻(水戸正邪両党交戦図)
第一巻
第二巻
あとがき
目次にある通り、
本書には大きく分けて3つの資料が掲載されています。
「徳川斉昭・藤田東湖関係史料」では、
最後の将軍徳川慶喜の父であり水戸藩藩主であった徳川斉昭(1800-1860)と水戸藩氏で学者の藤田東湖(1806-1855)の間で交わされた書簡16巻と両者の書簡が軸装された3点の紹介です。
これは藤田東湖の孫・藤田熊雄のその妻が、児島郡郡長の松山清心の娘であり、そしてまた松山清心の妻が水戸藩士武田氏の娘であったという縁で、藤田熊雄が秘蔵の物でありながら、やむを得ず売却せねばならず、しかし散逸はさせたくないという希望のもとに、清心の三女・千代子が野﨑武吉郎にこの品を所望されるか意思の確認にやってきました。
その問いに何ら強要する言がなかったので、うんと答え快諾します。
そして「余静ニ之ヲ展観スルニ…(中略)…実ニ希代ノ好史料ナリ」と感じ入り、書簡を表装するべきかとも思いを巡らせますがそれはかえって資料のオリジナルの姿が損なわれるとして新たな箱を用意し、そのままの姿で家宝として襲蔵することに決めました。
「幕末維新・明治前期書簡類」は岩倉具視をはじめとし、幕末に活躍した貴顕方の書簡類を65通、手鑑帖に貼り交ぜられた書簡が16通、そして掛軸に装丁されたものが2通収録されています。
岩倉具視関係史料はいくつかが質流れになったり、複数の個人に贈与又は譲渡されていました。
それら史料の一つがこれということになります。
65通の書簡については1911年に田辺為三郎(碧堂)を通じて購入したものと思われます。これらもほとんどが新出資料ということで貴重です。
最後に「遺響画巻」は水戸藩内外の尊王攘夷派(天狗党)を水戸藩諸生派+幕府軍が追討した絵巻物です。
「遺響」とは、あとに残る響き、であり後世に事件を伝えたい意思が感じられます。
画の作者は川西雪渚(かわにしせつしょ)で大発勢です(天狗党支援勢)。
37の場面が描かれ、23人の大発勢による序・賛・跋が付されています。
彼らは1864年12月より約2年間、武蔵国忍藩に幽閉され、雪渚は退屈な中で手が止まらないのに任せて描いたと言います。
本作は1895年頃に野﨑家に入ったと考えられますが経緯の詳細は不明です。
以上ほぼすべてが新出資料であり、日本史上において貴重な一次資料群です。
ご活用あれ。
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